以前、「うちの子は絵を描くのが好きで、家でもずっと絵を描いています。才能を伸ばしてあげるためにどんな関わりをしたらいいですか。」という質問をして戴いた事があります。
1番大切なこと
その時は突然だったので、しばらく考えてから私はこんなふうに答えました。「その子が絵を楽しんで描いている時、できるだけ遮らないように、忙しくてもほんの10分でもそっとしておいてあげると良いと思います。」
この答えが正しかったのか、後から暫く考えていたのですが、今でもやっぱり1番重要な事なのではないかと思っています。
3つの大切な関わり
他にも改めて挙げるとすれば3つの事が浮かびます。
- 1,制作に熱中している時に遮らないでいてあげること。
- 2,描くことの動機となるような体験を一緒に感動してあげる事。
- 3,道具や画材を気持ちよく使えるサポートをしてあげること。
【1つ目】制作に熱中している時に遮らないでいてあげるとは?
許す限りはその熱中を応援してあげてほしい
絵でも、歌でも、ピアノでも、スポーツでも、子どもが受け身でなく何か自分を表現できる事において自分から熱中できる事があるというのはそれだけで宝だと思います。
スポーツの練習や楽器の練習ならばそのために時間を割くことを大人は快く思うものです。
しかしお絵かきとなると年齢にもよるとは思うのですが、それより宿題は?お風呂は?寝る時間は?と大人は早めに切り上げさせようとしてしまう事が多い様に思います。
そして小学生のお子さんが絵に熱中しだす時間は大抵夕ご飯の前であったり、お風呂の前であったりするのではないでしょうか。
つい「今日はそのぐらいにしておいて、、」と声を掛けたくなる気持ちはよく分かるのです。
しかしできれば、あと10分待ってから声を掛けよう。一区切り付いた様子で声をかけようと見守ってあげると、ほんの10分や僅かな時間であっても、好きなことに熱中している子どもにとってそれは、時間以上に充実した体験となる様に思います。
創作意欲には波がある
大人の方でも経験があるのではないかと思うのですが、創作意欲というものには何故だか波があります。
創作に浸るとは乗っている時でないとできないもので、それはいつまでも続くものでは無い一時的な濃い時間です。
波が去ってしまえば、翌日続きをやろうと思っていても、なかなかエンジンがかからずにその後何ヶ月もほったらかしになってしまったなんて経験はないでしょうか。
そんなふうにブームが去ってしまえばしばらく描くことから離れる時期があったりします。出来るなら、生活リズムの許す限りで、やり始めたその時にやり切らせてあげる事が重要なのだと思います。
時には大人も一緒に半日でも創作を楽しむ様な日があったら素敵だなと思います。
創作意欲に任せて充分にやり切った体験は、次なる創作意欲に必ず繋がる火種としてその子の中に根付いていく様に思います。
アトリエ教室の意義
そう考えていくと、このアトリエ教室が子ども達にとって1週間の中で充実した創作体験が保障されている場所になれたらそれはとても意味のあることなのではないかと思っています。
その上で、子ども達の中にある創作意欲が作品になっていく時に画材が思うように使える様にする事、様々な使い方を知って表現の幅を広げてあげる事ができたらいいなと考えています。
頭の中にあるイメージが手と身体を通って、作品として表出する時、できるだけ摩擦が少ないように、その摩擦すら面白がれるようになったら。きっともっと創ることが楽しくなる。そんなふうに思います。
【2つ目】描くことの動機となるような体験を一緒に感動してあげるとは
描くことの動機となる体験とは
描く事の動機となる体験とは、一言で言えば感動体験です。旅行で目にした特別な風景や、美術館で見た絵画もそうですが、日常の中の心が動くような綺麗なものを見た、面白いものを見た。想像力を掻き立てられるお話を聞いた。
子どもにとって想像力を掻き立てられる体験は大人の価値観とは少し違ったところにあるかもしれません。大人が思う様な特別なこととは限りません。
そんな体験に大事なことは、感動を知識に置き換えないでおくことかなと思います。子どもが見つけた何かに目を見張ったり、喜びの声をあげたり、じっとそれを味わっている時。大人はどうしてもその芽生えた興味を学びに繋げてあげたいと、横から知識をさし出すことがあるでしょう。
その知識がさらに感動を深めるものならば良いのですが、時には感動が知識に置き換わって妙に腑に落ちて心の動きを止めてしまうこともあるのです。
例えば、見たこともない虫や植物と見つけて「うわあ、これはなんだろう。トゲトゲしているな。柔らかいな。なんて綺麗なんだろう。動いている。」
そんなふうに心をときめかせている時に「それは〇〇というんだよ。何を食べるか調べてあげようか。他にはこんな種類もあるみたいだよ。」という様なやり取りをする時。子どもの心の動きはどんな変遷を辿るか想像してみてください。
その子は目の前にあった不思議なものをその後も感動とともに見つめ続けるでしょうか。
ある程度の年齢になれば、自分から知識を求めるようになるでしょう。でもそれまではその子の出会った感動を1番に優先して、一緒に「うわあ。なんだろう。不思議だね。」と心の動きに合わせてあげることの方が重要かもしれません。
子どもの頃出会った、不思議なものや不思議な場面。名前をつけずに子ども達は心に焼き付けておく事ができるのです。なんだか分からなかったからこそずっと覚えている。そんな原体験はないでしょうか。
このことを考える時、私はいつもレイチェル・カーソンの「センスオブワンダー」のを思います。レイチェルが姪の息子ロジャーを嵐の夜の海に連れ出した時、それから雨の森がいつもと違う表情をしていることにロジャーが気付いた時。幼いロジャーの魂には風と海の匂いと頬に打ちつける塩気を含んだ雨粒、雨に濡れた森の匂いとレインコートを打つ雫、長靴が踏みしめる苔や落ち葉の感触。そんな感覚といっしょくたに、静かに心の柔らかいところに大切な種が植えられた。私はそんな気がしてならないのです。それは優れた大人になるための種というより、人生を喜びと共に生きていける為の種ではないでしょうか。
【3つ目】道具や画材を気持ちよく使えるサポートをしてあげるとは
簡単に準備できて片付けられる工夫
これは現実的なことになりますが、絵を描いたり創作をする事は常に準備と片付けがセットです。いつでも簡単に準備が出来て、簡単に片付けられるならば気軽に制作を始めることが出来ます。
反対に何か作ったり描いたりしたくても準備が億劫だったり、片付けに手間取っていつも叱られてしまうなら段々と絵を描く事、創ることから遠ざかってしまうでしょう。
簡単な事のようで生活の中で画材を使ったり片付けるスペースを確保することはなかなか難しいのではないでしょうか。省ける事は省いてしまえる様にすると良いと思います。
子どもが使いこなせるだけの画材で十分です。
例えば何十色もの色とりどりのペンや色鉛筆が揃ったセットは大人でも憧れるものですが、画材はできるだけ少なくシンプルに、そしていつでも近くのお店で買い足せるオーソドックスな物がおすすめです。
子どもが片手で持ち運べるくらいのもので十分ですし、無くしてしまったり、使い切ってしまっても直ぐに1色から買い足すことができれば心配せずに使えて方が親も子供も安心です。
そういった意味でも大手のメーカーのよくある画材は親子にとって使いやすい画材といえます。
世の中には良い画材を探せば沢山ありますが気に入ったものを探すのは、大きくなってから使う本人が探す方が自分の表現に合った物を効率的に見つけられると思います。
それより学童期の終わりぐらいまでは、身近な画材に慣れ親しんで使いこなせる様になった方がより深い表現に繋がると思います。
クレヨンであれば16色が基本色と中間色のバランスがちょうどいいし、色鉛筆ならば12色でも良いと思います。
色数は少し足りなく感じるくらいが混色や重ね塗りの動機に繋がるので良いのではないかと思います。
さまざまな工夫で片付けを簡単に
机やテーブルのスペースは限られていますから、色鉛筆やクレヨンをいっしょくたに空き箱に入れてしまうのも一つの手です。
無くなった色の把握は難しくなってしまいますが、簡単に出し入れできて制作に集中できます。紙製の空き箱は当たりが柔らかいので特におすすめです。
また無くなった色の把握ができないデメリットを挙げましたが、箱に収める色や数が決まっていないので、赤が無くなった時に紅色を買ってみるとか、青が無くなった時に群青を買ってみるなどの柔軟な買い足しを楽しむ事も出来ると思います。
他には使い古しのシャワーカーテンやレジャーシートをテーブルクロスの様にして使うのもおすすめです。撥水性があるので、絵の具をこぼしても気にならないし、粘土で制作する時もこびり付きずらいので安心して制作できるかと思います。一時的に作品を移動させたい時もシートごと持ち上げれば簡単です。
また、画材と作品の保管に衣装ケースを2段にして、上には画材、下には作品。とざっくりと分けて使うのも気楽で良い方法だと思います。
少し乱雑にはなるかもしれませんが、これなら子どもに後片付けを任せることが出来るし、作品が溜まってきたら大人が一緒に整理してあげると良いと思います。
残しておけないものは写真に撮って、少しの間閉まっておいてからお子さんが見ていないところでそっと処分するといいです。目の前でゴミ袋へということは本人はもういらないと言っていても時にショックを与えてしまうものです。
さいごに
私が子どもの頃、四角い空き箱の中に、色々な所でで貰ったり買ったりしたペンとクーピー、色鉛筆がごちゃ混ぜになって入っている物がありました。
見た目には美しい物ではありませんでしたが、カレンダーの裏とこの箱があれば1日遊んでいられるような気がしたのを覚えています。雨の日に近所のお友達とよくこの箱を漁りながらお絵描きしていました。フェルトペンやボールペン、かすれたペン、、、先が潰れてしまっているものは点々を描くのに使ったりしました。色の出なくなったフェルトペンは分解して夏のプールの時に色水を作って遊びました。親も意図した訳では無かったはずですが、あるものの中でよく色々な遊びを発明したものだなあと思います。
そんなわけで、絵が好きな子どものために大人がしてあげられる事は特別な事は何もないのかも知れません。好きでさえあればもう何もする事はないのかも知れません。大人は出来るだけ邪魔をしないように、それから片付けと掃除がお互いのストレスにならないように工夫しておく。それで十分なかも知れません。
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