ご無沙汰しております。新学期が始まりましたね。皆さん元気に夏休みを過ごすことができましたか? 夏アトリエでは暑い中でしたが充実した制作が出来ましたね。6・7月に制作してきたクレヨンでの制作で学んだことを利用して、色混ぜをしながら植物や人物を自信を持って描いて行く姿がたくさん見られて成長を感じました。また普段のクラスでは見かけない仲間との制作もいい刺激になったのではないでしょうか。普段の予定を変えての取り組みにご協力くださった保護者の皆様に改めて感謝しております。ご協力本当にありがとうございました。9月からはクレヨンや絵の具だけでなく、染め物や木工なども取り入れて造形作品も沢山造っていく予定ですので楽しみにしていて下さい。
7月の最後のアトリエでは安房直子さんの『きつねの窓』という童話を読んで頭に浮かんできたイメージを作品にするという事に挑戦しました。同じ話からイメージした絵でも描く場面や雰囲気、視点が独自のものである事に一人一人のその人らしさが感じられる制作でした。挿絵も写真も無い中で言葉だけを頼りに自分の作品の世界を作り上げることに最初は抵抗や不安があった子もいた様子でしたがイメージを豊かに耕すことは、ただ感性が豊かになるということだけでなく、自分の人生を自分で作っていく力を育てることのように思っています。この事についてシュタイナー教育の実践者で翻訳家の鳥山雅代さんの本を参考に少し書いてみようと思います。
〈なぜイメージの力は大切なのか〉
シュタイナー教育では幼児期の子どもの中にイメージ=ファンタジーを育てることを重要視しています。その為学童期の子ども達には極力メディアに触れないようにするようです。なぜメディア(インターネットやTV、YouTube)に触れないことがファンタジーの世界を耕すのでしょう。そしてなぜそのファンタジーの世界を重要とするのでしょうか。
それは子どもたちは本来、遊びやお話を通して自分自身の映像を胸の内に作り出すことができる力を持っています。そしてこの力は後に思考の力に変化していく力です。だからこそ子ども達が自分の力で自分自身のイメージを作りだすことを大切にし、この活動を妨げないように外からの映像による影響から守ってあげるという意味でシュタイナー教育では子どもとメディアの間に距離を取るようにしているのです。
〈メディアが子どもにどう影響するか〉
子ども時代の大切な時期に外側から沢山の映像が大量に入ってくると、子どもはそれを消化することしかできず、その影響があまりに強い場合、その自分のものではないイメージに支配されてしまい最終的には本来内側に育つはずの思考力の成長が妨げられてしまうことがあるかもしれないのです。沢山の子どもたちがメディアに没頭する現代。そうするとみんながメディアと同じイメージを持つようになっていく。極端に言えばみんな同じことしか考えられない、外側からやってくる考えにしか身をおくことしか出来なくなってしまう危険性があるのです。それは自分の思考を他人に明け渡してしまう状態とも言えるでしょう。
〈ファンタジーの力が育むもの〉
自分の中の想像力の力をファンタジーを通して育んでいくと後に、自分の力で考えられる力が養われていきます。なぜならそれは自分自身の力で創り出した世界を生きていくという事だからです。自分の内側で、自分の力で沢山のものを形成していくことは、自分の力で自分自身をつくるということなのです。ファンタジーの力を豊かに育んであげるということは、自分で自分の人生を創っていく感覚をしっかりと持って人生を生きて行く力を育んであげるということなのです。 (鳥山雅代『シュタイナー教育入門0歳から9歳までの子供の成長と12感覚器』参考)
〈自分の人生を自分で創っていくということ〉
この事についてなぜ今触れたのかというと、私自身がこの夏、人生の1つのターニングポイントを迎えた事を通してイメージ力の大切さを実感したからです。人生の岐路で選択を迫られる時、その決断は自分でするしかありません。インターネットの中の言葉が助言になる事はまず無いし、出した答えの答え合わせをすることもできません。その時、頼りになるのは自分の人生を自分で創っているという感覚を信じるという事だけでした。それは自分がどう生きたいか真剣にイメージしてみるという事でした。結局自分の内側から湧いてくるイメージしか真に頼りになるものは無かったのです。メディアに全く触れないという話しではなく、それよりも尊い自分のイメージの世界を大切にしていきたいなと思っています。
〈この夏体験した人生の岐路〉
それはどんな事だったかというと、私事で脱線してしまいますが少し書いてみようと思います。
私はもう大人ですがでも未だに沢山の夢があります。その一つは海が綺麗な離島に自分のアトリエを持ちたいというものです。その制作用アトリエに今までの活動を通して知り合った方々や、大人になった今の生徒さん達がいつか遊びにきてくれたらいいな。という夢です。そしてそこで子どもの頃からの1番の夢だった「絵描きさんになりたい。」という夢を叶える事です。
この夏ずっと探していた大好きな島の物件の話が不意に舞い込んできたのです。慌てて申し込みをして予定を調整して船のチケットを取り、丸2日かけての内見の旅に向かいました。不安と期待を胸に、夢が実現していく実感を味わっていました。しかし結局はその物件の購入は見合わせる事にしました。帰ってから暫くチャンスを掴み損ねたような。大切な人生の列車に乗り遅れたような気分で胸の中が空っぽになってしまいました。でも、今はこの選択に後悔はしていません。それは自分で決めたからそう思えるのです。もしも周りの人が心配するままに内見にも行かずに諦めていたら結果は同じでもずっとずっと後悔したかもしれません。
迷いに迷って、誰かに決めて欲しいと思っても、何かのせいにして選択した事にしようと思っても。決断に納得したいのなら自分の内側に何度も尋ねて答えを絞り出すしか無いのです。最終的にはその物件に住む自分の姿をイメージしてみる事で考えました。数年後そこに住む自分の姿はありありと想像できたし、古い家を改修しながら住むことは大変でも楽しいことに思えました。でもそこに思い描く自分は絵を描く時間などつくれていないように思いました。新しいことを始める沢山のことに追われ制作の時間は数年はまともに作れないことが想像できました。そこで、離島にアトリエを持つことと、画家として絵を描くこと。この2つを天秤にかけてみました。限りある人生の時間を使って1番にやりたいことはどちらなのかと考えた時、私が命を削ってやりたい事はずっと描く事でした。私にとって、画家として絵を描く生活はもう先延ばしにはできないが、離島のアトリエはもう少し先の楽しみに取っておいてもいいと思えました。離島のアトリエも諦めたわけではありません。
喜び勇んで島へ向かったのに、結局何も変わらなかったと思うと少し滑稽ですが、何が自分にとって最優先なのか選びにわざわざ島まで行ったのかなあ。なんて思って今は少し満足しています。その証拠にあれから制作に向かう時間がぐっと増えました。今までなぜか後回しにしてしまっていた絵に向かうことを躊躇いなく今優先できるようになりました。私のした決断は物質的には何も得なかったのだけれど、確実に私の精神的な部分で大切なものを選び取る決断だったのだと思っています。
「先生、画家で食べて行くことはできないですよね?」時々こんな質問を絵が大好きな子から少し冗談めかして質問されることがあります。そんな時、その子の瞳の奥に「絵を描いて生きていけたらどんなに幸せだろう。」そう夢見ていた子どもの頃の自分を見ることがあります。今は自信を持って答えられないのが正直なところだけれど、みんなが大人になる前に「画家として生きて行くこと。できるよ!」そう言える人になっていたいなと思うのです。

9月の予定
月曜クラス 5・12・19
火曜クラス 6・13・20
水曜クラス 7・14・21
10月の予定
月(にじ,ふね)3・17・24
火(くも,うみ)4・18・25
水(なみ)5・19・26


